Vol.45 劣等感と承認欲求の世界

”インスタ映え”を気にする人(インスタバエという寄生虫)たちが綺麗な服、食事、観光地で自分たちを着飾る様相が自分の周りでも多くなってきたことを感じる。

 

SNSというサービスの性質上、聞いてもいないことや自己の承認欲求に応えるためのものである以上、仕方ないのかもしれない。これからもビジネスシーンでも承認欲求を利用したものが増えていくと思う。

 

”インスタ映え”のためだけのサービスが成立してしまっていることの要因の一つは”自己肯定感の欠乏”という現代社会ならではの病に多くの人達(特に都心部の若者)が陥ってしまっているからではないだろうか。。。

 

他者からの評価を気にするようになると、他者の人生を生きるようになってしまう。

 

自己肯定感がある人は自分の軸で生きている人だと思う。

他者からの評価や周りの評価・期待を気にするようになるとゴールのない螺旋階段を永遠に登らなければならなくなってしまう。それは凄く悲しく、不幸な人生になると確信する。なので年収を競った人生観や人生の勝ち組、負け組を謳う人たちが好きではないのはこのため。

 

劣等感と承認欲求は使い方次第だと思う。

劣等感はコミュニティに向けて、他者へ向けてしまうと結果として自分を苦しめるが、劣等感を理想の自分や目標としている自分の姿との比較として持つことは有益に転ずると思う。そうして自分が理想に近づく過程で他者からも認められるようになるのが一番いい。しかし、その中で認められることを目的において生きるようになるのはよくない。

 

常々思うが、自分を苦しめる劣等感は客観的な事実ではなく、主観的な解釈である。客観的な事実は変えられないが、主観的な解釈はどうとでもなる。例えば年収にしても、それを低いと思うか高いと思うかは人それぞれであり、それによって幸せか否か、人生を謳歌しているか否かは個人の気持ちの持ち方一つだと思う。

 

そういう意味で、ブログのサブコメントにもあるように社会軸でもなく、他人軸でもなく、自分軸で生きていきたい。この軸で生きていてこそ、自分を変えていく決心や新しい挑戦、こうれからどうするかについて勇気を持って生きれると思う。

 

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