Vol.30 情報への意識の差

”情報への意識の差”

 

日常業務や会議の場を通じて日本人と欧米人の違いというか、情報への意識の差というのがあって、

 

”その情報源はどこか?”ということについてよく聞かれます。

 

「このデータの情報源はどこだ?、この指標の信用性は大丈夫なのか?、この会社はどういう会社なのか?」みたいな。

 

日系企業ではこいう質問が飛び交うことは珍しいかと思います。

 

欧米人は情報の質が命取りになるということ、意思決定において情報の質が物凄く大事であることを身をもって知っている感覚、認識があります。

 

「情報の出所はどこか?」ということに対しての意識が凄く敏感。そういうメンタリティの文化なのか、歴史的背景からそうなっているのか分からないですが、個人的には好きな文化です。

 

新聞やその他マスメディアの情報を鵜呑みにすることがないという意味でも、「メディアは嘘をつくものだ」という文化と教育が根付いているのは良いことだと思います。

 

別に考えがひねくれてるとか、陰謀論に走っているとかというわけではなく、情報の信頼を問う文化とかその情報が正しいかどうか確認することって当たり前だけど、凄く重要。

 

でも、日本でそれが浸透しているか?と言われるとそれはNoだと思ってます。

 

そもそもCIAとか007とかのMI6とかいう情報機関も政府が情報のダブルチェックをする目的で設立された機関でもあるし、そういう所にも欧米人の情報に対する意識は表れているのかなと。。(日本にはこんな組織ないし・・・)

 

新聞やマスメディアは多くの利害関係と既得権益が絡んだ営利企業だから、その立場を考えると信頼できる正確な情報を発信してくれると思うのはそもそもナンセンス。(評論家とかも適当なこと言う人多いし・・)

 

世論調査で「最も信頼できるメディアは何か?」と聞かれると、

日本:「新聞」

欧米:「教会」

が首位になるらしい。

 

「この情報はどこからくるのか?」

 

単純だけどこういう意識があるかないかの差が政治関心の無さや信頼の無い報道に流される人を大量に生んでしまう原因に思えます。

 

なので、海外の人とのメールや会議のやり取り、ディスカッションでのコミュニケーションはこの情報が信頼できるに足る証拠の所在を明らかにしておくことが欠かせません。

 

僕はいつも、「この情報は本当に正しいか?」と自問自答する癖があります。(笑)

 

でもそのおかげなのか、最近は変な先入観や固定観念に縛られることなく物事を見れるようになってきたので良かったと思っています。

 

Kei Michizoe → プロフィール              Twitterはこちら

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です